関生支部と辻元清美
すべてを知る川村氏は、辻本氏の民進党(現立民党)移籍直前に急死⇒副委員長を引き継いだ湯川氏が最期を看取る

●「故川村賢市氏の生誕地 種子島、馬毛島(まげしま)を訪ねるツアー」
連帯ユニオン関生支部&トラック支部
2012年7月14日~16日

■2009年4月30日、連帯労組近畿地方本部副委員長の川村賢市急逝
 辻元清美議員は川村賢市の葬儀に参列、友人代表として弔辞を読み上げた。
葬儀を仕切っていたのは委員長の武建一。

辻元清美初当選以来、選対事務所の“金庫番、ヤミ献金の窓口”だった

川村賢市 なぜ辻元清美がわざわざ弔辞を読み上げたのか。
 元連帯労組幹部が語る。
「辻元氏の初当選以来、関生支部の代表として選挙事務所に詰めていたのが、亡くなった川村副委員長。選挙も含めてあれだけ世話になったんですから、否が応でも弔辞を読み上げる立場にあった」
(中略)
 大阪府警が押収した内部資料によれば、連帯労組側でカンパの窓口になったのは辻元が弔辞を読み上げた川村賢市副委員長。
 このカンパについても、当該年度の政治資金収支報告書に記載が見当たらない。元連帯労組幹部が証言する。
「この献金については、連帯労組関生支部ではよく知られた話。収支報告書に記載がないのはおかしいですね」

>このカンパについても、当該年度の政治資金収支報告書に記載が見当たらない。

[補足]
辻元議員が1000万円の献金を受けたとされる2003年10月、翌月に投票があった衆院選挙(2003年11月9日投開票)で大阪九区から立候補した大阪弁護士会所属弁護士の社民党公認候補にも、川村賢市副委員長が窓口になって500万円のカンパが行われていたが、当該年度の政治資金収支報告書には記載されていなかった。
⇒社民党へのヤミ献金疑惑
(初出:『月間宝島』2010年1~3月号)

※2003年11月9日、第43回衆議院議員総選挙
大阪9区=中北龍太郎(社民)56歳、新人[最下位で落選]

川村賢市
故川村賢市氏は 西之表(にしのおもて)市馬毛島(まげしま)出身

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故川村賢市氏

「空自もイラクからもどせ!」というプラカードを持つ関係者
川村賢市
国賀祥司・泉佐野市議(中央左)、故川村賢市氏(中央右)


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「副委員長」:高英三(コウ・ヨンサン)⇒川村賢市⇒高英男(コウ・ヨンナン)⇒湯川裕司(現在)

福島瑞穂参院議員(62)が、傷害と脅迫の容疑で奈良県警が捜査中の労働組合の応援に駆けつけていた事実が判明 (更新あり)

(転載)
※故・川村賢市氏の「一年祭」をホテル・リーガロイヤルNCBで開催。
 主催者を代表して武建一生コン支部執行委員長が挨拶

口や首に粘着テープを何重も巻き、足も縛って、首を拘束バンドで絞めて自殺した社長(2009年4月) →現在、株式会社ユモトは弟の秦義信氏が代表を務めている


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